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巨大な作品の背景にあるもの

2016年09月10日 

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世界の先鋭的な写真界の潮流の一つであるベッヒャー派の作家の一人であるドイツのトーマス・ルフの日本では初となる大規模個展が東京国立近代美術館で開催中。
トーマス・ルフは1958年ドイツ生まれの現代ドイツを代表する写真家の一人。本展にも出展される「Portraits」(1986-)で注目を集めた。

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その作品は自身で撮影した写真に限定されない。近代以降の報道写真や記録写真、インターネット時代ならでは膨大な情報空間を象徴するように、報道機関の写真アーカイブやネット上のデジタル画像などの既存の画像を用いて作品を制作する。さらにその画像を作家自身のイメージにしたがいPC上でデジタル処理し作品化したりする。ルフがいうところの写真のメディアとしての側面に着目したその作品は、写真、あるいは写真の存在そのものへの批評性にみちている。

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上の二つの作品はルフの代表作でもある「jpeg」(2004-)シリーズ。jpegとは文字通り画像の一般的な保存形式であるjpegからきている。RAWやtiffなどと比べるとデジタルが画像の比較的軽い保存形式であるjpegの弱点を逆手にとり、画質の粗さ、モザイク状のブロックノイズが作品上にあらわれる。それがこのルフ作品の独特の雰囲気を形づくっている。ちなみにこの作品自体もjpeg形式で保存された写真をもとに印刷されたものだという。

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宇宙や未来をモチーフにした作品は、写真を志す以前のルフ少年の憧れがもとになっている。

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「ma.r.s.」(2010-)シリーズはNASAの探査船が撮影した画像を素材とした作品。ルフはそれらを正規のルートで購入し、それを自らのPCで画像処理し作品としている。オレンジの作品は火星の幻想的な風景。
ルフの作品はアート市場で高額で取引されていることでも知られている。この作品はちらっと聞いたところでは数千万円の値がついているという。

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本展中でも最も近作となる「press++」(2015-)シリーズは、発見されたある新聞社のプレス画像=報道写真を素材としたもの。本展では日本の新聞社から提供された同シリーズの最新作4点が展示された。素材は未来をテーマに、日本の新聞社の膨大な写真アーカイブの中から、新幹線、EXPO’70などルフ自身が選んだという。ちなみに写真の表面にみられる文字や判は、写真プリントに裏書きされた文字や印のスキャン画像である。

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ルフは写真を本格的にはじめた当時、写真作品をつくることが生業になるとは思っていなかったという。当時の写真を巡る状況がそのようなものであったのだ。それが今では古典絵画や近代・現代絵画や彫刻と同じようにアートとしての評価が確立されている。
こちらが本展の入り口に展示された初期の代表作である「Portraits」。まさにアート写真の”古典”としての堂々たる風格さえ感じる作品である。
巨大に引き伸された肖像写真。真正面を向いてこちら凝視する証明写真のような作品だがなぜかものすごいインパクトをもって見るものに迫ってくる。あくまでフラットに並列的に。これはルフのアカデミー時代の師であるベッヒャー夫妻のタイポロジー(=類型学)のスタンスを継承している。あるいは、先ほど証明写真といったが、これはまた囚われ者を写した写真的でもある。これらは発表以降現代の監視社会を表象するという批評もある。写真は大きくなるだけで、ことなる存在になる。写真、ポートレート、絵画でも多用されてきたスタイルである肖像画というものに対するルフの批評的な試みが感じられる。

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「nudes」(1999-)は、インターネットのポルノサイトから入手したヌード画像を加工した作品。輪郭がぼやけた抽象的な作品は絵画的でもある。
これら既存の画像データをもとに作品を制作するルフのスタンスは、撮られた写真は真実であるという、写真表現のあり方をも揺さぶるものである。報道写真の例をみるまでもなく、撮影された写真は写真の発明以来、長いあいだ世界の真実を伝えるものだと思われてきた。だが、パーソナルコンピュターの普及により写真画像は簡単に加工できることが自明になった。そんな時代において、写真は個人の美的感覚を拡張するものであることはいうに及ばず、写真の証明性を担保するものは皆無になったということでもある。
そんな写真が置かれた状況に、ルフの作品は科学、あるいはグラフィックデザイン的な方向性を志向するようになったといえないだろうか?

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「Substrate」(2001-)。日本の成人向けコミックやアニメ画像などをもとに「イメージの解体」をさらに推し進めたラディカルな作品。「nudes」と比べると、もはや目を細めてもいかなる画像も浮かび上がってこない。

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これは電磁場の線図、数式を元にした作品「zycles」(2008-)で、もはや写真画像をもとにしてもいない。ネットや宇宙空間の中に浮遊するノイズのようにもみえる。

インターネット上に無数に溢れる画像に対する感受性がもたらす受容と、イメージの解体、そしてその興味は科学にまで及んだルフの作品世界。
写真はもはや個人の思いやイメージを具現化に近づける道具になったのかもしれない。

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来日したトーマス・ルフ氏は、「写真とはすべて社会的なものである」と語った。

写真はかくも自由で表現も多様である。これらは作家の世界の見方の一つの表現であり、表明でもあるのだ。
巨大化したルフの作品は、みるものとみられるものとの関係において、否が応でもその関係性にも問いを投げかけている。それは自己の存在やアイデンティティのあり方にも揺さぶりをかけてくる。目に見えるものを疑え、そんな声がルフの巨大作品は語りかけているような気がした。

「トーマス・ルフ」展
東京都国立近代美術館
会期:開催中〜2016年11月13日
※2016年12月10日より金沢21世紀美術館に巡回

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平