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民具木平の市場調査 第14回 Pfützeのあたらしいアトリエ  ”Pfütze New Atelier”

2016年07月30日 

今日の夕方、とある植物園に面するビルの最上階に引っ越した Pfütze のあたらしいアトリエに行ってきた。
植物や自然の事象をモティーフに作品をつくる二人にはぴったりな場所だ。
まだ引越や改装の作業中でバタバタしている中だったが、うれしいことに、きたくんとあやちゃんから民具木平のテーブルをオーダーしていただいていたので納品に行ってきた。

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ここに来るのは二回目だけれど、はじめてきたときから一瞬でこの界隈もアトリエも好きになってしまいました。

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東京の真ん中なのにどこか懐かしいかんじ、でも江東区とかの東側とはまた違う。植物園を抜けて吹いてくる風が植物や土の匂い、湿度などを運んできて素晴らしく心地よくて、どこかの旅先にいるような感覚に陥る。

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「引っ越したばかりでカーテンもまだ用意できてないから、その辺にある布をカーテン代わりにしてるんだよ」と、あやちゃんが言ってた西日に照らされた日除けの布達。
同じ「白」とはいうものの、色々な「白」があるわけで、光を通すとその違いが更に強調されているようでとても美しかったなあ。僕はこのままでもいいと思うのに。
エアコンの風にフワフワと靡いていた。

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じゃん! この眺望!
手前にあるのは桜の木で、春にはまたすごい景色になるんだろうな。
何を隠そう、ここのアトリエは最近の僕の羨ましい物件ランキングで一二を争う物件なのである。
この感じでこの広さ、きたくんますますやりたい放題だなあ。

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きたくんは僕の尊敬する友達の1人で、その妥協の無い美意識の追求と、ものづくりへの真摯な姿勢にはいつも刺激をもらったり、襟を正されたりしています。
アトリエではそんな彼らの美意識が随所にみられる。
既存のトイレットペーパーホルダーにサンディングを施し、さらにカバーの形状をエディットしたらしい。

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ゲロルシュタイナーと、いいアイス。

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奥に見えるのは前に作らせてもらった、彼らの商売道具である、トレーワゴン兼、道具箱兼、接客テーブル。

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近くには大きな印刷所があるので、紙屋さん等この界隈にはそれに関連する小さな工場っぽい企業が多い。

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今回作らせていただいたのは「Settler’s Table」。テーブルと言っても正確には脚だけで、天板はきたくんの制作によるもの。
僕の知っている人間のなかでも、ひときわこだわりの強い彼の塗装の仕上は素晴らしく、独特な材料と手法を用いて手作業で仕上を施すことにより、家具屋の工業的な塗装とは全く別の仕上がりとなり、美術の領域に入るであろう存在感が漂っている。しばらく前にこの仕上を見せてもらって以降、ぼくもこの質感の虜になってしまった。

2メートル×90センチメートルのタモの天板と、無垢の鋼板の脚。キタくんとあやちゃん二人だけではちょっと動かせなさそうな、どっしりと重たいテーブルが完成した。途中メインテナンスをしていけばきっと3代先まで余裕で使えるだろう。

結局テーブルが組み立てあがった頃には完全に夜になってしまった。また日の光があるときに桜の木を背景に写真を撮りにこないとな。

ぼくもこのあたりに引っ越したい。

問いを立てる人

2016年07月20日 

雑誌リンネル(発行:(株)宝島社)で
かれこれ5年以上執筆させていただいてきた映画レビュー。
まだ公開していない新作映画を一足先に鑑賞して、
そのなかから4作品を選び、誌面にてレビューを書いていた。

その「映画レビュー」ページが、今日発売(7月20日)の号から少しだけリニューアル。
私自身が「Recommender」として、より個人的な視点を持って作品をなぞりながら、
4作品、紹介することになった。

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リニューアル第1号としてフォーカスした作品は、8月6日から新宿シネマカリテほか全国公開予定の、グザヴィエ・ドランが出演している『神のゆらぎ』。
今をときめくグザヴィエですが、主演ではなくあくまで出演、という点もまた、
脚本の完成度の高さも相まって、納得の一言だった。
グザヴィエはあくまで作品の一つのピースにすぎないのだから。

このように長く映画の記事を書かせていただいているので、
「映画に詳しいんですね」と時々聞かれるけれど、
そんなとき、「はい」と私は素直には言い切れずにいる。
もちろん、仕事としてお引き受けしているので、書いたレビューには責任を持っている。
けれど、映画に詳しいという前提は自分にはないし、
ましては肩書きとして「映画ライター」とは言えない。
今日は映画のことを、明日は建築のこと、明後日はファッションのこと….、
日々、違うことに頭をシフトしながら、編集したり、執筆したりしている私は、
専門分野がないという自覚がある。
流れのまま、好奇心のままに歩んできた結果が、今の自分の現在地である。

 

世界はつくづく人それぞれの主観で成り立っていて、
だからこそ、私という素材を見てくださった他者が、
「映画が強いんだな」「デザインやアートのことが詳しいんだ」など、
それぞれの見かたと判断で私に仕事を依頼してくださる。
それがきっと正解で、私のなかには正解がない。それでいいのだと思う。

 

一方で、馴染みある世界ではなく、知らなかった世界に飛び込んでいくということは、
仕事上、お相手にご迷惑をおかけしたり、ミスに繋がっていくというリスクも当然ある。
実際、知識や勉強が足りず、その世界では当たり前としている「前提」がわからず、
先方に不安感を与えてしまったのではないだろうか….と思う場面は、これまで何度かある。

編集者として書き手として、それは本当に心苦しいことで、それは今も日々、そのリスクを抱えながら仕事をしている。

それでもそのリスクを越えて、いろんな分野の境界のあいだを行き来しながら
仕事をしているのはなぜか?
ふと考えた時にはっとしたのは、「問いを立てる」ということだった。
先の通り、私は映画だったり、建築だったりのその道のプロや専門家ではない。
だから答えは知らないし、持っていない。そもそも自分の実感なくして答えにはたどり着けない。
たとえ事前に資料を読んだり、時に人に答えを教えてもらっても、
自分の身体を通していないそれは、答えとは言い切れない。
そんな私にできること、その唯一は「問いを立てる」ということだった。

 

「正しい選択とはどういうことか?」「見えない世界とは何か?」

 

対象に対して適切な問いを立てる。
その問いこそがその分野や専門家と読み手をつなぐ架け橋になるのだ。
つまり私の仕事は、「問いを立てる人」、だ。
良い問いを立てることさえできれば、あとはとてもスムーズに走ることができる。
映画でも建築でも、デザインでもアートでも…..どんな分野もフラットに、同じテーブルに置いて
編集したり書いたりすることができるのだ。

 

「いい質問ですね」

 

良い答えを持つよりも、良い質問、良い問いができる人になりたい。
なぜなら答えは人それぞれ違うものだから。
問いこそが、ばらばらの人の心をつなぐ、味方になるような気がしている。
なれたらいいという願いも込めて。

 

 

ちなみに、そんな私が近頃もっとも楽しみにしている新作映画は、
西川美和監督の最新作『永い言い訳』(10月14日全国公開)なのでした。
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或る女性写真家と、写真の最初期の歴史について

2016年07月10日 

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19世紀に活躍したイギリスの女性写真家、ジュリア・マーガレット・キャメロンの日本での初の回顧展が東京丸の内にある三菱一号館で開催中だ。
昨年はジュリア・マーガレット・キャメロンの生誕200年、キャメロンの博物館での初の個展から150年の記念の年でもあった。

キャメロンは48歳の年である1863年に写真機を初めて手にした、今でいえば遅咲きの芸術家。そして2年後の1865年にはロンドンのサウス・ケンジントン博物館(現ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)で初の個展を実現するという、天才肌の写真家であった。

写真の歴史は、最初の写真が撮影されたとされる1826年に始まる。それはフランス人発明家、ジョゼフ・ニエプスが自宅の窓から撮影した裏庭の写真である。カメラ・オブスクラという装置を使って撮影された写真には、窓から続く屋根と空であろう余白が写っている。そのぼんやりとした写真の撮影には、現在では考えられないが8時間もの露光を必要したといわれ、まだまだ実用的なものではなかった。

あるいは、一般的には最初の写真は「ダゲレオタイプ」という名前で記憶をしている人の方が多いかもしれない。それはニエプスが自宅の窓から見える景色を撮影した13年後の1839年のこと。ニエプスの協力者でもあり画家で化学にも精通していた同じくフランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが銅板にヨウ化銀をのせた銀版写真、ダゲレオタイプとして今に知られる写真である。この方法で撮影された写真はニエプスの写真と比べてもより鮮明なものであったが、現在の写真では複製できることが当たり前だが、これは1枚限りの写真であった。これに似た方式は今もポラロイド写真として親しまれている写真でもある。ちなみにダゲレオタイプでは露光時間が10〜20分に短縮され、のちに明るいレンズと感光材料の発達によりさらに1〜2分にまでになり、ニエプスの写真では到底不可能であった人を被写体とした肖像写真の撮影が可能となった。またダゲレオタイプののち数年には、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットによるカロタイプという複製可能なネガポジ方式による写真技法も生まれた。タルボットは最初の写真集といわれる「自然の鉛筆」を1844年に発行した人物。だが、1888年にアメリカでコダックカメラが開発され、写真が大衆化するまで、写真は撮影するにも現像するにも時間を要するものであり、大きな機材や有害な化学薬品を必要とするものであった。

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キャメロンが写真家として活動したのは、新しく生まれた写真技法が確立されつつあった1865年以降、その生涯の晩年の12年ほどであった。その写真は著名人と交流のあった上流階級の女性であるキャメロンらしく、チャールズ・ダーウィンやロバート・ブラウニングなどヴィクトリア朝時代の有名人の肖像写真から、親族をモデルに宗教画や寓話をモチーフとした創作写真があった。

日本で初の開催となる今回の大規模回顧展では、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館収蔵のキャメロンの作品が多数展示されている。作品のジャンルも肖像写真から絵画写真といわれるものまで、キャメロンのほぼすべてのキャリアを網羅したもので見応えがある。

その作品は現在みても何かしらの感情をそれを見るものにもたらす新しさをもっている。当時、記録媒体としての写真が中心であった時代において芸術性をさらに高めたキャメロンの写真は、僕にとって150年以上の時を越えて、こちらを見つめるモデルの肖像写真などにおいて、当時写真において重要とされていた絵画と写真の関係性、そして新しさ、美しさ以上の何かを語りかけてくる。
またほぼすべての写真に共通しているのだが、その写真は斜が掛かったようにどこかぼんやりとしていて、ソフトフォーカス気味な写真に特徴がある。キャメロンはその曖昧さを意図して作品づくりをしていたが、それは当時の写真界からも賛否両論の騒動も起こしている。さらにそれらの作品には、制作過程で生じた傷やひび、シワが表れている。ピントのあった明瞭でクリアなものが”よい写真”であるといわれる写真作品において、それは時にマイナス材料だらけのものだったかもしれない。だが、それは当時も今も、多くの人を魅了したのも事実であり、それがキャメロン独自の芸術性の表現でもあり詩学でもあった。それとモノクロームといえども単なる白と黒の色ではなく、淡い茶色味がかった色調は、どこか文学的な色であるとも言えなくもない。

また会場ではキャメロンの同時代人と題して、同時代に撮影された写真を見ることができるコーナーもあり注目だ。機材も撮影技術も発展途上にあったこの時期に撮影されたものとして、風景写真の歴史において重要な作家であるギュスターヴ・ル・グレイの「地中海」はぜひご覧になっていただきたい。

そんな写真史に燦然と刻まれるジュリア・マーガレット・キャメロンの貴重なヴィンテージプリント100点以上をみることが出来るこの機会をお見逃しなく。

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平