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Diary

みんなのフォーククラフト

2016年04月20日 

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民藝(フォーククラフト)は風俗のひとつになって久しい。観光地の土産物屋には民藝を唱ったみやげ物があふれ、日本的なみやげ物は民藝と結びつけられ売られ、語られることも多い。

1925年に柳宗悦、濱田庄司、河井寛次郎が中心となって起こした芸術運動は柳らがとなえた用即美、すなわち普通の暮らしのなかにある「用の美」を再発見し、美術工芸品を尊び刹那的な消費主義に偏りかけていた人々のなかに、暮らしの中に生まれる純粋な美の感覚を再認識させるための運動でもあった。
用の美とは日常人々が何気なく使う道具の中にかけがえのない美を発見し、それこそが人々の日常を豊かにする道具として位置づけることから始まった。
それは人々が営む日常こそが美しい、という考え方にも繋がるヒューマンなものにみえる。

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民藝の民とは民衆、そして藝とは芸術ではなく工芸、すなわち民衆的工芸の略のことをいう。
民衆的工芸とは、市居の無名の職人が無欲に必要の中から生まれた道具を繰り返し作っているうちに、技が熟練されていく、その結果生まれてくる日常品のことである。

それは技巧に走り奇をてらうのではない、平常心で作られたもの。それらは下手物とも呼ばれ、最初から美術品としての価値観の観点から作られたもの、いわゆる上手物とは区別された。
それは芸術作品のように一点物ではなく、極めて廉価で庶民的な量産品のことでもある。

しかしそこに矛盾が生じることも事実だ。職人たちが作る物のなかに、もしも民藝がいうところの美が存在するのならば、それは紛れもなく職人たちが日々の修練のなかで培われ養ってきた感性がもとになって生まれてきたものに違いがない。それは柳がいうところの民藝が美しい理由のひとつ、他力とは異なるものだ。

だが民藝の運動がいうところの、正しい美、健康の美は、つくりものではない、生活の中から生まれてくるものである。
大衆の日用の雑器を美的な観点からとらえるこの動きは、民藝の活動から始まったまったく新しい思想だ。
それは千利休の茶の湯の時代には体系的には理解させれてはいなかったことでもある。
そこには一介の職人が日常の修練と無心の中から生まれた、繰り返される作業から生まれる物に宿る美しさを見い出すことがある。

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機械に頼ることのない、熟練した人間の手による日常の品。
その土地土地の風土によった、地方の特性の再認識。

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(移動の際はだいたいいつもカメラを携えている)

ちょうど同じ頃、民俗学研究者である今和次郎は古いものを扱う考古学に対し、人の行動、住環境や衣服や関心などの暮らしぶりといった、現代の社会風俗を扱う考現学(初出は1925年)なる学問を創案する。路上や人々のふるまいをスケッチなどによりつぶさに記録した考現学はまた、見ることによって成立する学問でもあった。

同じように民藝は元来「見る」ことと直結している。
柳ら民藝の指導者にとって民藝とは、まさしくこの物の良し悪しは見るという行為の中から生まれる直観的なもののことでもあった。

現代のわれわれは、日用の品を前に、どのようなまなざしをもってそれを見るのか?
100年近いときが経ち、民藝の概念を確立しようとした彼らの目に、物が氾濫し消費に翻弄されるわれわれの暮らしはどのように写っているのだろうか?

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加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
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