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愛と伝統の町、高岡

2016年03月20日 

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高岡の町には近代になって建てられた建物が数多くの残る。それもその意匠から町民の暮らしが生き生きと感じられるなんとも心地のよい佇まいだ。東京の下町などでも時折見かける「銅板建築」や、左官の職人の腕が光る装飾をファサードにもった西洋の様式を模した建築と日本の伝統的な建築、屋号を記した文字にも職人の確かな腕をかいま見ることができる。それは高岡がその400年の歴史の中で町民文化が連綿と受け継がれてきた街であることをあらわしているかのようだ。

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そしてものづくりの技術も職人の熱意と探究心によって今にしっかりと受け継がれている。シマタニ昇竜工房は明治42年に初代昇竜和吉が創業したおりんの製作工房。4代目好徳さんは、読経に欠かすことのできないおりんを、一枚の金属を手で打ち作る技術を持った職人さん。金槌ひとつで心やすらぐ音を調音する職人技を誇る。
板の間の工房には製作途中のおりんや、使い込まれた道具が置かれている。僕が島谷さんの工房を訪れるのはこれで3回目のこと。訪れるたびに思うのは島谷さんの穏やかな語り口と、おりんの澄んだ音が心地よく調和していること。この作り手にして、この作品が生まれるのだなあといつも関心する。

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また、島谷さんはただでさえ受け継ぐのが困難と思われるおりんづくりを伝承しているだけでなく、その叩く、という技術を使って新しい製品の開発にも携わり、成功していることは、ものづくりの確かな技術をもつここ高岡にあっても特筆すべきもの。
おりんを金槌で叩く繊細な鍛金の技術を使って開発した「すずがみ」は、錫100%の素材でつくったテーブルウェア。やわらかい錫の特性を活かし、素材の仕込みの過程で圧延(圧力をかけながら延ばすこと)をすることで柔軟性をもちながら強度のある素材に仕立て、それをさらに金槌で叩き、しなやかさとともに強度をもったクラフト感のあるプロダクトをつくり出した。
「すずがみ」は、東京のライフスタイルショップだけでなく世界中で人気を博す、数多くの店頭で目にするプロダクト。この春には島谷さんはパリにも訪れ、おりんづくりを実演したという。そのものづくりの確かさは世界中の人々を魅了している。

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近年、高岡の町では若手を中心に「高岡クラフツーリズモ」などの催しを開催し、工場見学やワークショップなど実際のものづくりを体験してもらうイベントを積極的に仕掛けている。それはこれまでの伝統工芸の世界ではあまり例のないことでもあった。なぜなら、工場見学とは長い時間をかけて磨かれてきた独自性をもつものづくりの”手の内”を見せることでもあるから。だが、それを惜しげもなく詳らかにすることは、手間をかけてつくられる高岡工芸の価値を伝えることにも通じ、高岡の職人たちの自らの技へのプライドのあらわれでもあるだろう。

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金工とともに漆工も高岡の重要なクラフト。武蔵川工房は、貝を使って絵を施す螺鈿細工の卓越した技を誇る工房。多彩な加飾技術で盆や手鏡などの伝統工芸品を生み出し続けてきた、高岡の伝統産業である高岡漆器を支える重要な技の一つがこの螺鈿細工である。
武蔵川工房は、明治43年創業。夜光貝やあわび、白蝶貝などの貝殻を薄く板状に削ったものを、漆地や木地にはめ込む技法「螺鈿(らでん)」を用いた青貝加飾を手がけている。
その工程はまず図案をデザインし、ベンガラを水でといてもので製品に絵を写し、それを元に薄く仕立てた貝で貼り絵をつくっていく。材を彫刻しそこに貝などをはめ込む象嵌とは異なり、薄い貝をにかわを塗った表面に貼り、その上に漆を塗り、貝を貼った部分だけその漆を剥がしていく途方もない繊細なプロセスにより、螺鈿細工は完成する。
その細かな手仕事には本当に驚く。近年、武蔵川工房では螺鈿つくりの技術を活かし、iPhoneケースや名刺入れ、テーブルウェアなど、現代の暮らしに見合ったプロダクトの開発も手がけている。

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高岡はこの街の開祖、前田利長が幼少の頃に暮らしていた土地で水陸の要所。伏木北前船資料館(旧秋元邸)では、その面影を残し、18世紀、ぞくに謂う北前船貿易での「加賀藩の台所」といわれた当時の繁栄を人々の暮らしという点から感じることができる場所。随所に建築的意匠を凝らしたつくり、古地図、引札、当時の船籍証明書、船絵馬などを見ることができ、江戸時代後期につくられたという土蔵や、市内で唯一残された望楼からは高岡の町並みが360度一望することができる。

 

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曹洞宗高岡山瑞龍寺は加賀藩二代藩主前田利長公の菩提寺として、三代目利常が1614年に築いた禅宗寺である。建造物としては奈良の法隆寺とともに唯一国宝に指定された山門、仏殿、本堂をもつ。利長公の三十三回忌にあたる1646年に伽藍の本格的な整備が着手され、五十回忌にあたる年まで、17年もの歳月をかけて造営された。
参道を進むと山門の戸口がその奥に続く仏殿の額縁になるのを見ることがができる。これは瑞龍寺の最初の見所のひとつ。
重要文化財である正面幅三間の薬医門形式の総門をくぐると、参道の先には左右に金剛力士像を安置した国宝の山門が鎮座。伽藍の配置は中国の寺院建築を模したものといわれ、総門、山門、仏殿、法堂を直線上に配置し、左右に禅堂と大庫裏、四隅を回廊で結ぶ、左右対称の勇壮な美しい伽藍は、宇治の平等院のようにみえたともいう。

もうひとつの国宝である客殿を兼ねた方丈形式に書院造りを加味したつくりの法堂は境内最大の大きさを誇る総檜造り入母屋造、銅板葺き屋根をもつ建築。ここにもう一つの見所がある。高廊下の手前、格子に敷かれた石畳の結界の下に膝まづくと、外陣と内陣を仕切る柱と欄間が鳥居にみえるという、ダビンチコードならぬ、前田コードが仕込まれているのだ。
内部は、左右に回廊の一部となった土間廊下、その上には松の廊下とほぼ同じ広さの板敷きの高廊下がある。
瑞龍寺の正門をぬけ、参道の八丁道の突き当たりには利長公墓所がある。昨年開通した新高岡駅と高岡駅の両方からのアクセスもよく、町並み散策とあわせてぜひ訪れてみていただきたい。

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また瑞龍寺で忘れずに手を合わせたいのが、法堂に祀られている烏芻沙摩明王(うすさまみょうおう)。穢れを焼き付くし清める功徳をもつ神様であることから、禅宗寺では不浄な場所を清める仏様、「トイレの神様」として全国的に知られている。
前傾姿勢で片足一本で立った姿の瑞龍寺の国内最大級の烏芻沙摩明王は、祈れば下の病に効くとも、一説には家の繁栄にも功徳をもたらしてくれるともいわれているありがたい神様だ。本堂奥には誰でも利用できる質素だが美しい厠があり、そこに立寄るのが僕の習わし。

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高岡御車山会館では、毎年5月に行われる高岡御車山祭りで実際に使われる「高岡御車山」を見学。高岡の金工と漆工、染織の技が結晶したような”山”はまた、高岡の人々が自らの技で築いた冨を惜しげものなく投資して作られた技と高岡のものづくりのひとつの結晶でもある。
ここでの展示を見ていたら、裃と一文字笠で正装した山町筋の旦那衆や、半纏姿で山を曳く人々が練り歩く勇壮な祭りを見てみたくなった。

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旅の最後は、江戸、明治、昭和と幾重に時を重ねてきた土蔵造りの商家が建ち並ぶ山町筋にあるものづくり工房「Factory HAN BUN KO」での実際のものづくり体験。螺鈿と鋳物があったが、僕はじゃんけんで鋳物体験をさせていただいた。
2時間ほどの時間をかけた鋳物体験で完成したのは、錫のぐい呑み。思った以上にうまくつくることができて、個人的にも大満足。一緒に旅をした仲間とのものづくりを通じてのふれあいも楽しかった。

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高岡には今も400年もの時を重ねて築かれてきた素晴らしい伝統が、人々の暮らしの中に当たり前にとけ込み、日常のそこかしこに今の暮らしとして息づいていると思った。それは自分たちの街の伝統を守ること、この土地に根付いてきたスピリット=精神というようなもの受け継いでいこうという姿勢とともに、それ先人への敬意と愛をもって革新していこうという高岡の人々の未来に向けたメッセージのようにも感じた。
それを支えているのは、まぎれもなくさまざまなかたちの『愛』であった。そんな愛を、人、物、風景の中に感じとることができた幸福な2日間であった。

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平