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今もクラフトマンシップが息づく町、高岡

2016年03月05日 

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半年振りに富山県高岡に。この冬の北陸は雪が少なく、路肩にもほとんど雪を見かけない。スキー場も開店休業状態だという。東京は昨日から春のような陽気だったが、初めての新幹線で降り立った高岡はそれなりに寒い。どんよりとした曇り空は北陸らしい天気だという。
高岡市は、2015年物語を持った地域として国が指定する「日本遺産」に認定された町だ。昨年春に北陸新幹線が開通し東京からだいぶ近くなった。

現在まで続く高岡の歴史は、1609年に加賀藩二代目藩主前田利長が高岡城を築きその城下町をつくったことに始まる。昨年高岡が日本遺産にも選ばれたひとつの理由でもある伝統工芸都市としての歩みは、その2年後となる1611年、産業の振興を目的に、砺波郡西部金屋より河内鋳物師の流れをくむ天才鋳物師7名をスカウトし、現在の高岡市中心部の金屋町に招いたことで高岡の鋳物のまちといわれるようになる礎が築かれた。

高岡は商工業が栄えた町民文化のまちだといわれる。同じ工芸都市として知られるお隣の石川県金沢が、華やかな絢爛豪華な文化を築いたこととはことなり、高岡には前田家ゆかりの市井の人々による文化が連綿と受け継がれ栄えてきたからだ。

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鋳物とともに、漆芸、彫金なども高岡の伝統産業として根づいていったことも、高岡の工芸の奥深さを物語っている。町を歩くとお店の看板やパブリックアートなど、今も街のいたるところに、いにしえと今を結ぶ高岡の職人の手仕事をみることができるのも楽しい。

今回最初に訪れたのは市内中心部にある古城跡である高岡古城公園。戦国時代から江戸時代初期のキリシタン大名、高山右近の縄張(設計)と伝えられる城跡で、前田利長公が晩年隠居した。防御のための立派な馬出しもある本格的なお城跡であることはもちろん、城の郭やお堀は当時の形をほぼオリジナルのまま残されている非常に珍しいお城跡。1609年の築城からわずか6年、1615年、一国一城令によりお城は失われたが、お堀沿いには400年前に積まれた当時の石垣は今も残る。訪れたときは園内はうっすらと一面の雪化粧。小雨の降るなか、園内にはひっそりと梅が咲いていた。春ともなれば桜が咲き誇り、市民の憩いの場となるのだという。

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城下町から商工業都市へと転換をはかり、江戸中期には現在に続く銅器作りが始まり、技を磨き以降全国有数の鋳物の産地となった高岡。明治期になると工芸や美術自体が殖産興業政策の一環となり、国は高岡の鋳物職人に絢爛豪華な銅器を作らせるようになる。万国博覧会や内国勧業博覧会などに出品するなど、高岡銅器は隆盛を極める。明治6年のウィーン万博の際には、折からのジャポニズムブームの中、高岡銅器は高い評判を得たという。
その次に訪れたのは、今年で創業100年を迎える現代高岡銅器を牽引する鋳物メーカー「能作」。仏具、茶道具などの製造から10年ほど前からオリジナル商品を手がけるようになり、またたくまに人気ブランドに成長した企業である。融点より高い温度で溶かした金属を型に流し込み成形する、紀元前400年ころ、メソポタミアの時代から続く鋳造という古い技法を今もほとんどの工程を手作業で行っている。L1256544工場に入ると砂を使った砂型での鋳造の真っ最中。熱せられた金属はまぶしい黄色い光を放っていて神々しい。それを男たちが数人掛かりで鋳型に流し込んでいく。いにしえの職人たちも同じような行程で金属製品をつくっていたのかと想像する。
能作のものづくりの特徴は不可能なことはないという精神で取り組む「革新性」。また、「競争」ではなく「共想」「共創」という考え方を地元の伝統工芸界にもたらし、地域全体の活性化、能作氏を慕う同業者も多い。オリジナル製品は素材の本来の味、色を大切にした製品づくりを特徴とする。なかでもKAGOシリーズは能作の代表的なアイテム。柔らかいという錫の特徴をいかしてデザインされている。溝が刻まれた鋳物でつくったプレートを引っ張り上げ、手で成形することで自由な形にすることができる。金属でありながら曲がるという錫のデメリットを強みに変えたプロダクト。

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工場では意外にも若い職人さんたちがもくもくと働いている姿が印象的だ。そして、工場内のいろいろな道具にも眼がいってしまう。自作した道具や、意外なものの思わぬ使い方にはっとさせられることも多い。

近年では医療と美術工芸の分野にも進出。高岡銅器の伝統を継承しながら新しいことにチャレンジし続けている。伊勢丹新宿の正面玄関シャンデリアブランケット復原も手がけている。
今回訪れたのは工業団地の中の本社工場だが、近々市内近い場所に移転し、さらに人々に開かれた産地としての活動をスタートするというから注目したい。

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「能作」の倉庫に保管される歴代手がけた鋳型。

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仏像や仏具の製作で発展してきた高岡銅器。屋外で使われることの多い仏具やお寺などの装飾にとって、保存や強度の面から金属への着色は欠かすことができない。単に装飾ではない、金属を丈夫に長持ちさせるための金属着色技術は、高岡の鋳物の歴史を支えてきた大切な伝統技術である。戦後すぐに仏具や伝統工芸品に着色する会社として創業した折井着色所は、田畑の向こうに山を見渡すことができる高岡市郊外の広々とした土地の中にある。
代表の折井宏司さんは、新しい色の発明に熱中し、伝統を受け継ぎつつ新しい着色技法に特化した「momentum factory Orii」を設立。調剤のさまざまな実験を経て、偶然その一枚のなかに、赤み、黄色、水色がまじったような「孔雀色」を発見し、それが大きな転機になったという。

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銅や、真鍮などの銅合金の色付けには、大根おろしや、糠味噌、米酢、日本酒などの天然素材と鉄くず、ガスなどの様々な配合物を使って行う。クラフト、建材などを手がけ、伝統にとらわれることのないオリジナルの着色法を発明し続けている。
工場には東京のものづくりのアトリエと見まごうほど、若い職人たちが生き生きと働いている。伝統工芸の世界というと高齢化が進んでいるといわれるが、高岡では若い作り手たちへと着実にものづくりが伝わっている姿をみることができる。
技術は残していけば良いのではない。人に受け継がれ、革新されていって初めて生き生きと意味を持ち出す。高岡の若い作り手たちの姿をみているとそのことを強く感じる。

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夕方になり、格子造りの家並みが残る金屋町を訪れた。ここが高岡伝統工芸の400年の歴史が始まった場所。鋳物職人の街として栄え高岡銅器の中心地であった。

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閑静な佇まいの家並みからは、鋳物師の街であったかことを想像することは容易ではないが、それもその筈、実際の工場は中庭を挟んだその奥につくられた。これは火を使う鋳物仕事のため火事で母屋が焼失することを防ぐための工夫。この地は重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。
また、通りを挟んで向かい合うように建つ家々のそこかしに、美意識をもって暮らしを大切にしつつ築いてきたこのまちの歴史の積み重ねの数々ををみることができる。

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格子のある家の内部は中庭をもつ、この地方独特の伝統的な家の暮らしをとどめている。
そんな暮らしを大切にする人たちが町にいる限り、ここ高岡の400年の歴史は途切れることはないだろう。
(次回は、シマタニ昇竜工房さんなど、「高岡」後編をお送りします)

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平