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Diary

世界は視線の数だけ存在している。

2016年02月10日 

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世界はひとつじゃない。世界はあくまでひとつの視線にすぎない。

世界があってそれを見ているのではなく、
見ているから世界が存在するんだ。
だから生きている間にどれだけの世界を獲得できるか。
いろんな世界を知っていきたい。

 

***

 

いつからか、心のなかで反復するのが習慣化した。
私の職業である編集者という仕事もまた、対象を見つけてそこに向かって視線を送る仕事だ。
どこに視線を置くのか。それ次第で目の前に見えているものは変わる。
見えるもの、見えないもの。
人はときどき目に見えているものがすべてだと思い込んでしまうときがある。
見えるものの周囲にある、うっすらとぼやけたもの。そのよく見えないけれど、
確実に存在しているものを、私たちはよく忘れてしまう。
そして忘れてしまうことで、人は思い込み、自分を追い詰めてしまう。
私自身、そういう経験が何度もあって、
その度に「世界はひとつじゃない」ということを自分に言い聞かせている。
本当にそれがすべてなのか?
自分の視線を疑いながら、信じるということ。
その感覚を忘れないようにしたい。

 

そして自分に見えないものの先には他者の視線がある。
その視線の集大成が、置き換えれば「多様性」、と言えるのかもしれない。
多様性、便利な言葉だ。よく耳にもする。
だけどそうやって言葉に変換することで、こぼれ落ちてしまうことがある。

 

***

 

「断片的なものの社会学」。
社会学者の岸政彦さんの著書は、まさにそのこぼれ落ちてしまったものを
淡々とすくいあげるような内容に満ちている。
岸さんが各地で出会った、年齢も職業も違う様々な人生。
生い立ち、今抱えていること、、
「ひとり」という小さな単位の物語が岸さんの目線から紡がれている。
そのひとりが、多様性といった「全体」で括られることはなく、
最後まで「ひとり」で完結しているところが、私にはとても新鮮だった。
そもそも全体で括るということは、思考停止のはじまりだから。

メディアこそ、それの一端を担ってしまっている。

私自身、その責任を感じることがあって、そういうなかでこの本に出会えたことは大きい。
社会学とは何か。そのひとひらも垣間見せてもらったような感覚もある。
世界は視線の数だけ存在している。
その視線をどきどき交差させながら、人は世界を共有しているんだ。
かたちのない世界を、かたちあるものにするのもまた、私というひとつの単位なんだ。
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