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民具木平の市場調査 第7回 下町のパトリック・ブラン    〜月島篇〜 ” SHITAMACHI NO PATRICK BLANC 〜 TSUKISHIMA EDITION 〜 ”

2015年12月30日 

今回の調査は「下町のパトリック・ブラン  〜月島篇〜」です。東京で暮らしている多くの方々と同じく個人的にずっと気になっていて、いつかは調査したいと思っていたテーマのひとつです。

長い調査になりそうですが今回ようやく重い腰を上げて師走の寒空の下、まずは取っ掛かりとしてもんじゃで有名な中央区は月島へ調査に行きました。

もんじゃの店が軒を連ねる通称「月島もんじゃストリート」と呼ばれる月島西仲通り商店街から早速一本路地に入ってみると、そこでは路上や庭、塀やベランダの手摺、エアコンの室外機やガスメーターの上等々、公共なのか私有なのか曖昧な場所で下町のパトリック・プランによるプラントクラッシュが静かに繰り広げられていました。

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琺瑯の寸胴鍋にのびのびと育つ樹木。

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アロエの群集。

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下町のパトリック・ブランは隙あらばすかさず空間を植物で満たしていく。しかしながら決して人の邪魔にはならない場所を見出して仕事をする。

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個人的に好きなプラント群。

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白菜の一夜漬けの空き容器を利用している。

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MAIL BOX。

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下町のパトリック・ブランは脚元のレベル調整が巧妙だ。鉢の脚元をよく見てみると歩道の立ち上がりとレンガブロックなどでレベルを合わせそこに板を渡して新たなフィールドをつくりだしていることが伺える。水はけを考慮しつつ極力人や車の動線に干渉しないマナーのもと曖昧な領域を攻めていく。

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植物を育て愛でる。人として当たり前の営みで一見何の変哲もないしつらえだというのに、どうしてこうも胸を打たれるだろう。

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一鉢置いてあるだけなのにすごくいい。

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このバランス感覚を見てください。

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独自の雨水利用システムだと思う。

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建物と建物の間からも植物が溢れ出す。

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単管パイプで組まれたプラントシェルフ。

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コンプレックス。

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ネット。

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ドーピング。

今回の調査中、意外にも何人かの通行人の方から「どんどん調査していってくださいね」という趣旨のお声を掛けていただきました。とあるおじさん曰くこの地域は将来的に開発の予定があり、この風景も10年後にはもう見ることができなくなるだろうとのことでした。人も場所も事柄も気になっているからといって永遠にそこで待っていてくれるわけではない。そんな当たり前のことを今一度気付かせてくれる出来事でした。

今年も残るところあと2日。6月からはじめた当ダイアリーも皆様のお陰で今回で7回目、なんとか無事に年を越せそうです。

来年も引き続きご愛読の程どうぞよろしくお願いいたします。それではよいお年を。

どこまでも自由で柔らかな線

2015年12月25日 

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敬愛する画家の牧野伊三夫さんの個展にお邪魔した。

書籍や雑誌の挿絵や装丁などを手掛けている牧野さん。
私は過去2度ほどお仕事でお世話になった。

2度目のお仕事の打ち合わせ場所は、牧野さんの自宅兼アトリエにて。
「企画はこうで、こういう意図で絵を描いていただきたいのですが….」と相談させていただいた
その目の前で牧野さんは「こうだね」と、早々にペンを持って絵を描き出した。

それはまるで子供のお絵描きのように自由にのびやかで、
心のままにペン先が運んでいるように思えた。
終始その手の動きに夢中になっていた私に対して、
「企画のタイトル案はこっちの方が良いんじゃないかな」
と、予想外にもタイトルのことを指摘された。

今、この瞬間にも新しい線が生まれている絵に対することではなく、
タイトルについての発言に、そんなところにまで意識が及んでいることに私はちょっと驚いた。

牧野さんの意識は、どこまで自由で柔らかいのだろう。
すべてを見透かされているようで私は冷や冷やした。

鋭い感性と悩みの果てに突き詰められた線は、どこまでも自由でのびやかで柔らかい。

牧野さんにしか描けない絵。牧野さんだからこそ描ける絵。
第一線で活動されている牧野さんの画家としての凄みに、私は圧倒された。

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会場には絵とともに、牧野さんの著書、描き下ろしの絵とともに構成された2016年の暦、
そして島根県の湯町窯で絵付けをしたお皿が並んでいた。
泣く泣く絵を諦めた私は、牧野さんの著書「僕は、太陽をのむ」と、暦、お皿を購入した。

早速お皿は毎日の朝食に大活躍。暦は待機中。
そして著書はお正月の読書にと、楽しみにとってある。

2016年も、もう間もなく。どんな年になるのか。どんな年にしたいのか。
きっとまた、歩きながら考えるのだろう。

だけど牧野さんの絵を通過した私は、何か風通しが変わったような気がする。

その何かを大切にしながら、新しい年を怖がることなく迎え入れたいと思った。

来年も、どうぞ宜しくお願いします。

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忘年会でゆく年を思う。

2015年12月20日 

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今年もあと残り十日ほどとなり、一年を振り返るとともに、世間は忘年会シーズン真っ只中。このシーズンのテレビやラジオのネタの一つとして取り上げられることも多いくらい、忘年会は日本人の生活の中に息づいたリズムのように、この時期には欠かせないものとなっている。一年の終わりに、その年の出来事を振り返りつつ、労をねぎらうとともに、来るべき新しい年の抱負と目標を語り合う。かくいう僕も毎年11月になる頃には、その年の忘年会の企画をし始め、仲間にメールをすることとなる。今年もその例に漏れることなく、11月の初めにはその年の暮れに行われる忘年会の企画、連絡を始めた。

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僕が暮らしている東京の東側には、昔ながらの老舗に加え、近年世界的な有名コーヒーショップの出店や、暮らしにまつわるショップなどが出店し、小さな賑わいをみせている。来年には、有名チョコレートファクトリーの出店が予定されるなど話題に事欠かない。

忘年会は無礼講とも言われ、上司部下、先輩後輩の序列なく、楽しむものと相場が決まっている。酔った勢いの少々行き過ぎた発言もこの日ばかりは許される。

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いろいろ調べると、この忘年会というシステムはどうやら日本独自のものらしい。その端緒は室町時代にはじまり、当時は「としわすれ」として、年末のこの時期に夜通し歌を詠むこととされていたらしい。それが江戸時代の特権階級のものから、庶民文化の定着とともに明治期以降に、のちに飲食と結びつき現在見られるような、呑めや歌えやの宴会スタイルになったようだ。

日本には忘年会以外にも、集団で飲食をさる習慣は、新年会に始まり、送別会歓迎会、花見、月見など、一年を通じて行われている。とにかく日本人はみんなで集いお酒を飲むことが大好きな国民だ。

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今年の忘年会はまず、先の下町の仲間とともに行っているTFC忘年会として始まった。TFCとは台東フォーククラフト協会の略で、台東区など東京の東側ではものづくりに関わる仕事をしている人たちの有志の集まり。協会などと言っているが、毎年年末の呑み会をその活動の中心とした極めてゆるやかな集まりだ。

2007年、谷中にあるセレクトショップ「classico」店主の高橋さん、千駄木の帽子屋C.A.G.の内山夫妻、鳥越のSyuRo宇南山さん、まだお店をオープンしていなかったのちの古道具ネグラ店主夫妻、そしてのちの旅ベーグル夫妻が参加して初の飲み会が行われたのだった。

あれから8年、東京の東側にもたくさんの新しいお店がオープンし、東京に新しい地図が描かれた。そして、この地で8年間、ベーグル一筋で頑張ってきた旅ベーグルが新天地で新たな活動をスタートすることになり、この12月でこの地を去ることになった。

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TFCの忘年会が毎年年末に行われてきた根津の居酒屋「車屋」には、例年以上もの界隈のものづくりに携わる仲間たちが集まり、酒と肴を前にこの一年を振り返った。来年の抱負を語り合い、そしてこれも毎年恒例のビンゴ大会を楽しんだ。

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忘年会は単なる馬鹿騒ぎではなく、ゆく年を惜しみ年末の忙しなさを忘れ、新たな年を迎え入れる心持ちを整えるものとして、日本人の心持ちにしっかりとよい影響を与えている。

今年もいろいろとどうもありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
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