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Diary

1962年春から

2015年09月05日 

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ホテルオークラが惜しまれながら53年の幕を閉じた。2015年8月31日のこと。

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恥ずかしながら、閉館の一週間前にはじめて訪れた。このコテコテのカーペットがモダンなるものを越えてモダンだった。

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開業時からロビーに吊り下げられている、古墳時代の切子玉をモチーフにしたというランターンランプ。

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お酒を飲まない僕にはバーも無縁で。

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この良さは今よりもさらに歳を重ねてこそわかるものなんだろうなあとか。

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でも、僕がさらに歳を重ねるのを、この空間は待ってくれない。僕だけでなく、誰もにみな平等に。
この幾何学模様のタイルと赤い花柄のカーペットの組み合わせとか、かのロビーの壁面を飾る陶芸家富本憲吉による四弁花紋、障子、麻の葉格子、ランターンとか。すべてがゴージャスとか、モダンとかという言葉では言い表せないくらい見事な空間を構成していました。
ここがホテルへの宿泊者だけでなく、ここを訪れる良識あるすべての人たちにフラットに開かれていたというのが素敵な話すぎて。僕の好きな本郷の東大キャンパスとか、昔の同潤会アパートとか、それらも誰かのものであって、だけどみんなのものだった。

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この藤の花をモチーフとしたというシャンデリアは、ロビーのランターンの陰に隠れて控えめな存在だったけど、やっぱり素敵だった。

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そしてさようなら、1962年のホテルオークラ。

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ホテルオークラは近代日本絵画のパトロンとしても知られる大倉財閥2代目総帥大倉喜七郎の発案により1958年に計画がスタート。1年半の工期を経て1962年に開業。3つの翼のような形をした三ツ矢式建築、外壁のなまこ壁、エントランスにあしらわれた三角の陶板、天井の亀甲紋など日本の伝統的な美意識を意匠に用いた建築は、国内外のVIPに愛された。建築の設計や内装のデザインには複数の建築家や、工芸家が参加。最期の日まで多くの人が訪れ話題になったメインロビーやオーキッドバーの設計は<帝国劇場>や<東京国立博物館東洋館>などを手がけた建築家の谷口吉郎が担当した。今後は先きごろ大規模な改修が完了した別館にホテルオークラ東京の機能を集約し営業、本館は今月にも建て替え工事がはじまり、2019年に42階と17階の2棟からなる新本館として営業再開の計画だ。

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平