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Diary

青森黒石こみせ通り

2015年06月05日 

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青森県黒石市は青森県の中程に位置し、明暦二年(1656年)に黒石藩祖津軽信英公が分知されて以降、城下町として栄えてきた町。
弘前城で知られる青森第二の都市弘前から、弘南鉄道弘南線に揺られて30分ほど。車窓の外には水をはったばかりの田畑が広がり、遠くには津軽富士といわれる岩木山が見える絶好のロケーション。車内には駅に停車するたびに制服姿の高校生たちが出入りしては陣取り、始終にぎやかだった。終着駅に着くころには車中には人の姿もまばらで、そこが黒石駅だった。

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今回の目的地である中町こみせ通りは、黒石駅から徒歩15分ほど行ったところにある。藩政時代に考案された木造のアーケードは、商店、造り酒屋、蔵、呉服問屋、国の重要文化財となっている高橋家住宅(1763年建造)などで構成され、日本の道100選にも選ばれている。2005年には国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、観光客向けのカフェなどの施設もあり、休日には観光客で賑わうという。

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1913年に創業し、こみせ通りに今も営業をする清酒「玉垂」で知らせる中村亀吉酒蔵の店先には「酒林」が。そしてこみせの屋根の上には、見たこともないひときわ巨大な酒林が吊るされていた。
酒林とは杉の葉を束ねたもので酒屋に特徴的な飾りで、その年の新酒が出来たことを知らせるもの。現在残っているような球状になったのは寛政9年、1795年頃のことだという。
中村亀吉蔵の酒林は直径2.1メートル、重さ1500キロもある。想像もしなかったものとの出合いも、知らない町を歩く醍醐味だ。

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こみせは、のちにこの形式に西洋の都市にみられるアーケードの様式を取り入れ、現在日本のあちらこちらで見ることのできるアーケード商店街になったという。

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中町こみせ通りは、江戸時代前期から続く、商店や家の庇を延ばし通路とした、木造アーケード街として知られる古い町並みの残る一角。今は車道となっている通りからは大人が背をかがめるほどの高さしかないが、こみせの内はヒューマンスケールが心地良い、思いのほか広々とした空間がのびやかに広がっていた。

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他地域にも同様なつくりの通りがあり、場所によっては雁木造とも言われる。特に東北地方や新潟などの雪国の商店街などに多く見られ、家や商店の軒下を連ねて冬の積雪や、夏の陽射から遮るもの。

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平日は人も車の通りもまばらで、静かにこの町並みを楽しむことができるのがいい。

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近隣には町随一の歓楽街があり、  昔も今もこのあたりがこの町の中心となっていることが想像される。

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当時から使われている木造アーケードが、ひとつの地区全体にわたりこれだけの規模で残っているのものは、全国でも珍しいという。新しいものが好きで、おもてなしの心に溢れた当時の人々の遊び心も感じる町の機能的なしつらえである。

日本の道100選は1986年と1987年に建設省と道の日実行委員会によって制定されたもの。こみせ通りの他には、京都の哲学の道や、広島の平和大通り、東京の内堀通りなどが選定されている。ちなみに選ばれると日本を代表するグラフィックデザイナー、亀倉雄策がデザインした顕彰プレートが授与される。

 

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こみせ通りから黒石駅に向かう道すがら、三角形の不思議な形をした屋根をもった民家に遭遇した。シュールレアリスト?神秘主義者?今となっては裏道となったこんなローカルな通りにも、独特な感性をもった趣味人がいるものだと合点した。

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平