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Diary

憂鬱の先にあること

2015年03月10日 

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文章を書くという仕事をしていると、
「言葉が好き」「文章を書くという行為が好き」
「例え好きとは言えなくても得意ではあるでしょう」と、
私自身に対する先入観というか、前提が生まれていることが多いものです。

でも実際の私はというと……、実は一度も好きとも得意とも思ったことはありません。
むしろ、誤解を恐れずお伝えすると、
書かなくてはいけないものを抱えていると、かなり気が重くなります。
もちろん、書くことを繰り返していくうちにある程度の書くコツと技術は持てますが、
それでも、漠然と、感覚的に抱えていたい事柄を言語化するというのは、
ものすごく怖く、恐ろしいことでもあるからです。

また、文章を書くというのは、すごく身体的な行為だな、とつねづね思います。
まず言葉にもリズムがあります。
そして言葉とは実態が伴ってこそはじめて意味を持つものだから、
ある種、言葉は自分の体験や経験に忠実というか、素直に反応してくるんです。
その結果、ものすごく心と身体を消耗します…。

と、そこまで言いながらなぜ書くという仕事をしているのか。
ということですが、正直いまだにわかりません。
きっともっと軽やかに向き合える仕事というのが、
いつもある気がしてならないのですが、でも続けている。
その事実に向き合うと、うっすらと見えてくることがあります。

自分にとって憂鬱なことほど、自分にとっての生きる本質がそこにある気がするということ。

うまく言えないのですが、書くという行為は、私にとっては社会と接点を持つ、
関わりを持つための大切な手段なのだと思います。

そして私自身、仕事柄様々な人たちにインタビューする日々ですが、
第一線で活躍している人ほど、言葉を疎かにしない印象です。
(上の写真もまた、それを象徴する写真家の方との想い出の根室でした)

疎かにしないというのは、言語力があるとか、文章力があるとか、そういうことではなく、
自分の言語をちゃんと持っているということ。言葉に実態が伴っているということです。

そういう人を目の前にすると、私自身はこうはなれないけれど、
それでも言葉を諦めずに、向き合ってきて良かったなと、
ささやかながら喜びに変わります。

そんな日々の繰り返しですが、これからも縁ある限り、
言葉と向き合っていきたいと思います。

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加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
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