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Diary

感受性の熟成

2015年03月01日 

IMG_3177

 

 

「例え明日死んでしまってもいいです。
だから神様、今日、このライブだけはどうか無事に行かせてください」。

 

今にして思うとひどく極端で幼い発言ですが、14歳当時の自分にとっては、
それほど切実な願いだったんだと思います。そのライブに行くことが。

10代の頃、私は音楽が好きで、音楽に生きていました。
様々な情報や音源に溢れる東京に憧れと嫉妬の念を持ちながら、
その当時、新潟に住んでいた私は、地道に自分の敬愛するバンドを応援していました。

今は検索ひとつで気軽にいろんな情報が手に入るし、
クリックひとつで翌日には欲しいものが手に届く時代です。

でも私が10代の頃、1990年代は、(今と比べれば)
自分が欲しい情報に辿り着くにも手間がかかります。
雑誌をくまなくチェックしながら、ラジオやテレビもおさえます。
それでも足りずに、全国各地にいるファン同士で文通という名の文化交流を図りながら、
例えばその土地限定のライブ音源やバンドTシャツなども手にしたり…。
自宅のポストに、そのファン仲間からの封筒が届いていると、
喜び勇んでその封筒を開けつつずっと部屋に籠っていました。

さらには、
スタッズを大量に買って来ては、リュックサックに自分でつけてカスタムしたり、
DIYなファンジンを作ったり….。
手に入れたという結果や事実以前に、好きなもの、欲しいものに辿り着くまでの道のり、
そこにかかかる手間や時間そのものが本当に楽しかった。
そして夢中になれるって、無敵なんです。

10代の多感な時期に、私は我を忘れるぐらい夢中になれるものに出会って、熱狂しながら
時に傷つき、恥をかいて心の底から良かったなあと思っています。

事実、この時感じて、出会ったすべてが、今の編集者という仕事に就くきっかけになっています。
と同時に、何か物事を決める上での良し悪しの判断基準にもなっている気がします。

……ということで、写真のアルバムは、
自分の感受性を熟成してくれた、想い出の1枚です。

実は、このアルバムはもうほとんど聴きません。
それはきっとこのアルバムにおさめられた音楽が、自分自身に溶け込みすぎて、
外側から摂取しなくても事足りています、ということなのだと、
(勝手に)解釈しています。
みなさんは、後先考えられないくらい、夢中になったものはありますか?

結果は一瞬で去っていくもの。
そこに至るまでの過程そのものを苦しみながら、楽しむことも忘れずに。
10代の頃の自分を振り返りながら、今の自分に言い聞かせる今日この頃です。

 

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平