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ジョージ・ネルソンを知っていますか?

2014年06月20日 

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マシュマロ・ソファ(1957)やボール・クロック(1948)、ココナッツ・チェア(1956)などのデザインで知られる、20世紀を代表するアメリカ人デザイナーのひとり、ジョージネルソン(1908~1986)の大規模展「ジョージ・ネルソン展 – 建築家、ライター、デザイナー、教育者」が7月15日(火)から、目黒区美術館ではじまる。

本展はドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムが企画する国際巡回展で、アメリカ、ヨーロッパ、アジアではオーストラリア、香港に続き、待望の日本での開催となる。本展のタイトルにあるように、ネルソンは日本で知られているように、アメリカを代表する家具メーカー、ハーマンミラー社で活躍したデザイナーとしての顔だけでなく、建築家、著述家、教育者など、さまざまな顔をもっていることは意外に知られていない。だかもしろデザイナー以外の肩書きの方が、彼の仕事を表すにはしっくりくるといっても過言ではないくらい、その仕事の幅は広い。それはネルソンが1945年にハーマンミラー社のデザインディレクターに就任した翌年に、同社のデザイナーとして迎え入れた、チャールズ・イームズの仕事の幅の広さと比べても、その質において凌駕するといってもいいかもしれない。
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冒頭に記したようにジョージ・ネルソンは、アメリカのゴールデンエイジといわれる20世紀のミッドセンチュリー期に、ハーマンミラー社から発表されたモダンファニチャーにおいて、のちの世で高く評価される名作の数々を手がけたが、彼のルーツがアメリカの名門イェール大学で建築を学んだことにあるのは、日本ではほとんど知られていない。また、編集者、著述家としての側面に注目した場合、彼が25歳のときに2年間留学したローマ時代に、当時ヨーロッパを代表する現代建築家であるミース・ファン・デル・ローエや、ル・コルビュジエらを取材し、母国の出版社に原稿を送り、留学費を工面していたことは大きい。母国にヨーロッパの最先端の建築事情を届けるという、その仕事のなかで建築ジャーナリズムに意義と価値を見いだしたネルソンは、帰国後、アメリカの建築誌「アーキテクチャー・フォーラム」のライター兼協力編集者として働くことになった。
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建築家はしばしば、さまざまな事柄を俯瞰的にとらえ、統括する能力に長けるといわれることがある。多くの人との関わりのなかでひとつの建築物を実現していくのが建築家の仕事でもある。建築ジャーナリストとして活動しはじめたころから、建築家としての仕事に疑問を持ちはじめたというネルソンは(ちなみに本展には、NYの現存する建築家ジョージ・ネルソンの作品も展示される)、暮らし方そのものや、社会のシステムを構築するような、建築家がもつ論理的な思考を、よりライフスタイル全般に結びつけるような仕事に方向転換していく。

1947年、デザイナーだけでなく、建築家、カメラマンやグラフィックデザイナーなどをさまざまな業種の専門家を集めたデザイン事務所兼広告代理店「ジョージ・ネルソン・アソシエイツ」を設立すると、自身は現在世の中で知られるデザイナーとしてだけではなく、ディレクター、プロデューサーとして、数々のプロジェクトを統括していく立場になる。
本展でも紹介されている、ジョージ・ネルソン・アソシエイツが企画・展示デザインを手がけモスクワでおこなわれた「アメリカ博覧会」(1959)に端を発する、「アメリカのインダストリアルデザイン」(1967)は、冷戦時代のロシア向けに編纂した、アメリカの工業デザインをプロパガンダする広報誌だ。アメリカ政府の仕事として、そのデザインと編集をかれのオフィスが手がけたもので、資本主義社会がいかに生活をよくするか、当時のアメリカ政府が工業デザインの売り込みをアメリカの資本主義の重要課題にしていたかを示している。そのことだけをみてもジョージ・ネルソン・アソシエイツの仕事が多岐にわたり、かつ組織的におこなわれていたかを知る重要な資料である。2

インテリアデザインにおいては、ハーマンミラー社のデザイナー兼デザインディレクターとして、量産を前提とした家具の開発や、ウォールユニット「CSS」(1957)や、「アクションオフィス」(1964)など、新しいかたちの収納家具やシステマティックなオフィス家具を手がけて革新をおこした。暮らし方や働き方といったライフスタイル、展覧会ではパビリオンの設計など、システムを構築していくようなネルソンの仕事は、彼の世界の本質的な部分を追求する思考プロセスそのものだろう。

デザイナーとしての側面に注目した場合、ハーマンミラー社の兄弟会社、ハワードミラー社では、それまでの既存の概念を覆えすような時計の数々をオフィスの有能なスタッフとともに「ジョージ・ネルソン・アソシエイツ」として手がけた。ぼくの部屋でも使用している「ボール・クロック」(1948)は、いまでも膨大な数のコピー商品を生み出す、インテリアとしての時計のマスターピースだ。文字盤に時を示す数字がないものも多いその時計たちは、人間が時計をみるときに、時計の二つの針の開き具合で時間を直感的に判断することに確信をもったデザイン。それはある種現代のアップル製品が、説明書に書かれた多くの言葉ではなく、直感的な操作性能をそなえていることと、考え方のうえでどこかで通じるのではないだろうか。
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ディレクター的な才能に長けたジョージ・ネルソンだから、ものを見る目には確かなものがあった。1977年に出版した書物「HOW TO SEE」は、そのタイトルが示す通り「ものの見方」を示した本。世界中の工業製品や日用品などの道具などの人工物を、有名無名、価値無価値、新しい古いなどのヒエラルキーなくフラットに網羅するネルソンのまなざしは、手とともに目で仕事をする、さながら「日常の発見者」的視点に満ちあふれている。現代において再注目される、今和次郎の「考現学」(1927年)にも通じる、リサーチにもとづく価値の再発見ともいえるものだ。こんなところにもジョージ・ネルソンの仕事の現代性を感じることができるだろう。

そのほかにも、日本のこけしの蒐集家、日本人グラフィックデザイナー 岡秀行の著書「日本の伝統パッケージ」(1965年)の英語版「HOW TO WRAP FIVE EGGS」(1975年)に序文を寄せたことなどにみられる、日本の工藝や民藝との邂逅など、日本との関わりも本展ではみることができる。
数多くのプロダクトや著書などが展示され、ジョージ・ネルソンのデザイナーとしての仕事を数多くにスポットライトをあてながら、その背後にある、考え方や、ものを見るという普遍的なところにフォーカスをあてたジョージ・ネルソンの東京でのエキシビションに注目したい。

 

「ジョージ・ネルソン展 – 建築家、ライター、デザイナー、教育者」
2014年7月15日(火)~2014年9月18日(木)
目黒区美術館

L1080443

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平