Diary

ホンマタカシ氏インタヴュー 
ドキュメンタリー映画の方法論について、あるいはその不可能性について。〜後編〜

2016年12月10日 

あなたは、あたしといて幸せですか?
(C)Takashi Homma New Documentary

いよいよ写真家ホンマタカシ氏による4作品からなるドキュメンタリー映像作品の特集上映が渋谷のシアター・イメージフォーラムで始った。ニュードキュメンタリーとは、これまで写真作品を題材にホンマ氏が取り組んできた写真のテーマ、あるいはコンセプト。後編ではホンマ氏初の長編作品について、ホンマ氏が見据えるものについてお話をうかがった。

「After 10 Years」で撮りたかったもの。

ーー今回の4作品の中で上映時間もそうですが、「After 10 Years」が占める比重というのは大きいと思うのですが、そこで撮りたかったものはどんなことでしょうか?

それにはいくつかあって、建築を好きな人がバワの手がけたリゾート建築を映像を通じて追体験してもらってもいいし、あと今回分かったのが、映像では掃除をしているところをしつこく撮っているんだけど、結局ホテルの仕事って掃除なんだよね。よくよくホテルの人を見ていると一日中掃除をしていることに気がついて。それを丹念に撮影しています。映画を観てもらえれば分かると思うんだけど、一口に掃除といってもいろいろあります。箒で掃くことひとつをとっても芝生の上、庭、タイルの上とか、場所によっていろんなやり方があって、それを見るのもいいと思う。あとワイズマン作品になくて僕だけがやっているのが、インタヴューです。本作では10年前に実際に被災している従業員4人にインタヴューをしているんだけど、津波という実際はひとつの事象に対して、記憶はその4人が4通りなわけ。その微妙なズレが興味深いんです。それって日常にも普通にあることで、今ここでこのコップが倒れたとして、それを誰かに説明するときに、君と僕とでまったく違うということがあり得るわけです。この映画でいえば4人の記憶の微妙な違い、そういったことにものすごく興味があった。それと同じく被災したイギリス人にもインタヴューをしているんだけど、スリランカ人と西洋人という宗教観の全然違う人種では、津波に対する受け取りかたも全く違っていて。それも面白かったですね。

ーー日本でも近い時期に3.11があって、日本人が経験したことと照らし合わせるのも興味深いですね。

そうそう。だから、僕が3.11に関して当時東京にいて被災しているといっても、東北の津波に関しては当事者ではないから何も語ることは出来ないんだけど、遠くスリランカでもこの映画を撮りながら東北のことを考えていました。今東北で被災した人にインタヴューしたとしたらとても悲しい顔をすると思うけど、さらに10年経ったらその表情も少し変わるかもしれない。それも人間なんじゃないかということも、この映画で伝えたかったことのひとつにはあります。だから何かに対して、こうでなければいけないというのは実は怖いことなんじゃないかと思っていて。最後のスリランカ人のインタヴューなんか、笑いながら思い出話をするんだよね。そのことを単純にけしからんとは他人は言えないんですよね。

ーー物事の捉え方は時間とともに変化することはありますからね。

そうなんですよ。だから、あることが起こってすぐその後に撮らなくても、10年後には10年後のドキュメンタリーというのものがあると思うんだよね。

ーー映像を撮る上でワイズマン以外に参照したものはありますか?

ワンビン、アピチャッポン、ゴダールのいくつかのドキュメンタリー的な所かな。だから劇映画ではないといっても、興行を度外視したような映画の中にも、映像作品における豊かな鉱脈って間違いなくあると思う。

ーードキュメンタリーはそういったものから解放されているところがあるとお考えでしょうか?

ただ、諏訪さんと話していたのが、ドキュメンタリー映画自体もジャンル全体でいえば、ある種膠着状態にあるということが言えると思っていて。それは撮り方や手法についてもそうだし、何か伝えたいことがなければ撮ってはならないということもあるように思う。何分か一度にクライマックスがあるべきとか、まるでバラエティ番組みたいなところもあるよね。

ーードキュメンタリーにしても、劇映画にしてもある種の時代精神がそこには宿っているような気がします。

それはあるかもしれないけど、僕自身は使命感ではなく、好きでやっているだけですけどね。ただ全体化に対する反抗心は必ずあるよね。

最初にカケスがやってくる
(C)Takashi Homma New Documentary

ニュードキュメンタリーについて

ーーホンマさんのテーマでもある「ニュードキュメンタリー」の最新作が映像作品のオムニバスであることにはとても興味があります。そもそも「ニュードキュメンタリー」とはどのようなものなのでしょうか?

「ニュードキュメンタリー」って、結局はドキュメンタリーってこういうものだと考えている人たちに対する挑発的な言葉だよね。ドキュメンタリーに「ニュー」ってなんだと。それに対してもまた反発する人もいるかもしれないけれど、いろんなジャンルに「ニュー」というものがあるんだと多少なりともひっかかってもらえればそれでいいのかなと。

ーー写真にもモダニズムがあって、その乗り越えとしてのポストモダニズムがありますが。

もちろんニューじゃなくて、ポストドキュメンタリーって言ってもいいんだけど、ポストっていうと本当に乗り越える感じが強すぎて。ニューだとどちらかというともっと軽やかというか「横道」だよね。いわば別の道。だから「オルタナティブドキュメンタリー」でもいいと思う。

ーーそれとホンマさんの映像作品には撮る対象としての現象、あるいは環境としての音に対するこだわりを感じます。

それはそうだろうね。さっき言ったみたいに映像が音に従属してはダメだし、その逆もそうだよね。映像と音が対等にできないかなといつも思っています。

ーー「ニュードキュメンタリー」としてホンマさんが繰り返し問いかけていたのが、写真とは何か?ということでした。それは同時に写真に写っているものは真実であるということを改めて問い直すというものでしたが、映像でいえば写っている時間が写真より長い分、真実と虚構の関係性がよりせめぎあっている感じがするのですがそのことについてはいかがでしょうか?

そういった意味では映画の方が写真よりも、こう見てくださいと見方を引っ張ってしまう強さはあるとは思う。

ーー映像作品はビデオで撮影されているのですか?

写真家の中平卓馬さんのドキュメンタリー「きわめてよいふうけい」が16mmでそれ以外は全てビデオで撮影しています。

ーーニュードキュメンタリーをコンセプトに今後も作品を発表されていく予定ですか?

今後のことはまだ分からないですけどね。また新たなキャッチフレーズを考えるかもしれないし。でも僕の中では「東京」と「ニュー」は大きいね。

ーー今回の「After 10 years」のリゾートの風景もそうですが、ホンマさんの1998年発表の写真作品「東京郊外」にも行き場のない気持ちを解き放ってくれるような、楽天的な開放感を感じました。

開放感もそうだけど、僕の中では「どこでもない場所」というのがもうひとつあるんだ。それはSF的なというか。「東京郊外」といっても、単に「東京の郊外」だけではなく、いろんな場所の郊外の写真を一冊にまとめ上げて、架空の東京郊外という場所を作り上げている。それはリアルな東京とは全然違う。そういった意味ではSF性があるよね。それは波を撮ったシリーズである「NEW WAVES」もそう。だからさっきはSF的と言ったけど、その飛躍がなければ、ただ実直に撮っているだけではこうはならなかったはずなんだ。一対一の関係だけしかなかったら、あらためてみる意味も撮る価値もないんじゃないかな。

ーーホンマさんには僕たちには見慣れた風景が少し違ってみえているのかもしれませんね。

それははっきりとは分からないけど、人によって風景がまるっきり違って見えているということは絶対あるよね。

2016年10月、東京・恵比寿某所にて。

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ホンマタカシ氏

1962年東京都生まれ。1999年、写真集『東京郊外 TOKYO SUBURBIA』(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。「Babyland」(リトル・モア /1995年)、「Tokyo and my Daughter」(Nieves /2006年)、「NEW WAVES」(PARCO出版 / 2007年)他、著書「たのしい写真 よい子のための写真教室」(平凡社 / 2009年)、作品多数。
http://betweenthebooks.com/

「ホンマタカシ ニュードキュメンタリー映画 特集上映」
2016.12.10(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
(1週目昼興行、2週目レイトショー)
制作:between the books  配給協力・宣伝:mejiro films

◎公式サイトhttp://betweenthebooks.com/
◎劇場版予告 youtube https://www.youtube.com/watch?v=7OS-TPIEynI
◎公式Facebook https://www.facebook.com/Newdocumentary2016/

自分のなかの野生

2016年11月20日 

先日、山形を訪れました。

現在、発売中の雑誌GINZA( No. 234)の特集記事の取材のために。
写真家・志鎌康平さんの案内による山形の野生、営みを体感したいために。
前者は仕事。では後者はというと、
メインビジュアルの強さだったのか。
そのビジュアルを撮影した山形在住の志鎌さんとの出会いが大きかったのか。
きっと両方が影響していることは間違いない。
世界は存在しているのではなく、見るから存在している。
見る人の視点によって世界が変わるなら、
志鎌さんの目線で、私も山形を見れるのならきっと面白い!
まさに縁を感じながら、志鎌さんを紹介してくれた
友人で山フーズを主宰する小桧山聡子さんと山形を訪れました。

 

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山形に訪れてまず新鮮だったのが、四方八方、山に包まれるという感覚でした。
18歳まで育った新潟での暮らしで山のある風景には
慣れているつもりだったけれど、
360度、どこを見渡しても山のある風景は初めて。
それに新潟の山々とは違い、山形の山々の稜線はどこまでも穏やかで。
 そしてこの山々こそが、山形の野生であり人々の営みと文化を作り出していました。

 

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出羽三山をご存知だろうか。
羽黒山、月山、湯殿山、3つの山を総じた出羽三山は、
古くから山岳信仰の場として知られ、今も多くの人たちが参拝に訪れる、
いわば山形のパワースポットです。

今から約1400年前、第32代宗峻天皇の王子が羽黒山を開いたのが
出羽三山の始まり。羽黒山が現在、月山が過去、そして湯殿山が未来、
と、時を表し、三山の参拝は江戸時代に庶民の間では『生まれかわりの旅』
として広がり、地域の人々に支えられながら、その旅は今も守られてきました。

その羽黒山に私たちは今回登ってみることにしました。

山頂に至るまでの距離は約2km。
参道には樹齢300〜600年に及ぶ老杉が生い茂り、
山頂まで続く石段は2446段。
道中、東北では最古の五重の塔がそびえ立ちます。
腑に落ちる。とはこういう時使う言葉なのかもしれません。
羽黒山の入り口に、一歩足を踏み入れた瞬間に、
自分の中の一番奥深い部分、内の世界と外の世界がピタリと
つながるような感覚がしました。
それはきっと日本古来の、山の自然と信仰の姿を見たからなのかもしれない。
私の血が覚えているその姿は、私の中に備わった野生でもありました。
理屈では言い表せないその感覚を頼りにしながら、石段をひたすら登った先に、
山頂の赤い鳥居がありました。

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くぐった先に、霧で覆われた一面の中に、
羽黒山、月山、湯殿山の三神合祭殿がうっすらと見える。
まずはそこで参拝をした後、辺り一面をじっと見渡すと、
山伏が滞在する長床なども含め、

自然の地形に応じて建物が配される山岳寺院特有の景観が広がっていました。

 

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この場所でこれまでどれだけの人が祈ったのだろう。様々な想いと背景を抱えながら。
人の痛みも喜びも歴史も全て受け取めながら、羽黒山は粛々とその姿をつないでいました。

 

 

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宿泊した農家民宿、知憩軒の女将からの一言は、今も心に携えている。
「語るなかれ、聞くなかれ」。
出羽三山のなかでも特別に神秘的な山、湯殿山のことをこう言い表すのだと言います。
現世利益の御神徳にあずかる羽黒山。
山頂で大神を参拝して死後の浄化を受ける標高1984mの月山。
そして大神より新しい生命を賜って生まれ変わる湯殿山。
「現在」は今回の旅で確かめました。
次は過去、そして最後は未来、湯殿山を目指したい。
滝や巨大な岩など、自然の森羅万象に人間の意志を超えた生命の神秘を感じとって
生きてきた私たちの祖先。その血は今もなお私の身体を巡っています。
合理性が求められる現代社会。
傍らではきっと大切なものが溢れおちてしまっている。
その危機感のようなものが、本能的に私を山形に運んでくれた。
ふと、そんな気がしました。

 

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山々に包まれながら、自分の中の野生が、大きく揺さぶられた。

 

 

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Authors

加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平