Diary

25年分を、潜った日。

2016年08月20日 

25年前、新潟市の小学校を卒業した私は、25年後の今日、
6年2組のクラスのみんなで埋めたタイムカプセルを開けに
25年ぶりに母校を訪れました。

 

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クラスメイトに会うのも、母校に足を運んだのも、何もかもが25年ぶり。
今でも連絡を取り合っている当時の仲間は誰一人いない。
正直、行った所で何を話せば良いのだろう。話は弾まない、かもしれない。
そもそも「私」であることをみんな認識してくれるのかな…?
そんな初歩的な不安さえ払拭できずに、行く直前まで行こうか行くまいか
すごく悩んだけれど、何より自分が25年前に埋めたタイムカプセルの中身だけは、
自分で受け取らないと、他の人に開けて見られてしまうのも恥ずかしい…。と、
そんな想いだけを頼りに、勇気を持って待ち合わせとなる小学校の正門を目指した。
こうして真夏の太陽が照りつけるお盆の日、私は小学校の正門に降り立ってみると、
先に3人ほど男性が正門の前を立っていた。間違いない。6年2組の人たちだ。
開口一番、何を話せば良いのだろう?
「おひさしぶり」それとも「こんにちは」?いやいや「私、誰だかわかる」、かな?
自意識過剰だとわかりつつもちょっとしたパニックになって、
私は慌てて裏の方に隠れようとしてしまった。
「水島さん!」
びっくりした。私はG君にすぐに気づかれた。
その瞬間、隠れようとした自分がいっそう恥ずかしくなりつつ、
「おひさしぶりです」と目線を合わせることができないまま、小さく声をかけた。
と同時に、内心本当に嬉しかった。

 

25年経ちながら、私だとすぐにわかってくれたG君。
それにホッとした私は、目線を少しずつ上に移しながら、そこに立っている3人の男性の顔を見た。
N君とK君、そしてG君だった。
少しずつ安堵の気持ちを持ちながら、そのあと続々と集まってきた当時のクラスメイトたちと、
25年ぶりに卒業した母校の中を歩いて回った。
当時の教室。机も椅子も小さいのに、なぜか教室も廊下も広く感じる。
鬼ごっこをした屋上。思春期手前で恥ずかしかったプール。
次第に取り戻していくあの当時の感覚。
私は確かにここで過ごした。

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そのあと、いよいよタイムカプセルを開けるというメインイベントを決行。
自分が何を入れたのか全く思い出せない中、25年前の古びたダンボールを目の前に、緊張した。
ファミコンのカセット、自分で作ったお手製のお財布、当時の毎日身につけていた名札など、
みんなのタイムカプセルが明かされる中、
「NANAE MIZUSHIMA」と油性のペンで書かれた伊勢丹の袋が出てきた。
英語が大の苦手なのに、ローマ字で自分の名前を書いていたなんて。それも伊勢丹の袋。
手にして開けてみると、そこには自由研究や自主勉強ノート、
そして「聞いてノート」なるものが出てきた。
「聞いてノート」?? 自意識過剰そうなそのタイトルが既に恥ずかしい。。
そもそも私は一体何を聞いて欲しかったんだ!?
みんなのいる場所で開けるのがはずかしすぎて、私は涼しい顔をしながら、
他のみんなが楽しそうにタイムカプセルの中身を手にする様子を眺めていた。
その後、みんなで食事をして解散。
行ってよかった。心からそう思えた。
顔にはそれぞれの歩んできた25年分の人生が刻まれていたけれど、
輪郭は変わらない。そして仕草もあの当時のままだった。
「○○君」。大人になった今、君で呼ぶ人はいない。
「○○君」と呼ぶ度、ちょっとこそばゆいながらも、嬉しかった。

 

お盆を過ぎて、東京に戻った私は佳境に迫った仕事をする毎日を今送っている。
そんな中、今日は写真家の津田直さんが恵比寿の本屋POSTで展覧会「IHEYA・IZENA」
開催に合わせたトークショーを行っていたので伺った。
私はその展覧会に合わせて会場限定で配布している、
インタビューテキストを書かせていただいたのだ。

 

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「潜ること」。
そのトークショーで津田さんはそのテキストにも書いた「潜る」という行為について話しをした。
「自分と相手を分ける境界線。その境界線は越えないもの、越えられないものとして存在します。
でも僕の場合、越えられないなら潜ってしまえばいいっていつも思っているんです」。
津田さんのその、潜るという感覚。私にはそれは理屈を越えてフィジカルに伝わってきた。
「相手と一緒にいる時間だけが、相手との時間ではない」。と津田さんは重ねて
そのテキストを書くためのインタビューでも言っていたけれど、
私自身、25年ぶりのこの同窓会は、まさに深く潜る行為をしたのだと思う。
そうやって世界はつながっているんだ。たとえ目には見えなくても。
そんなことを実感した、夏の終わりです。

 

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ちなみに「聞いてノート」の中身は、12歳の恐ろしい自意識が垣間見えるものでした。
恥ずかしい。

小石川には武蔵野と同じ響きがある。

2016年08月10日 

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小石川は東京の東部の山の手に位置し、山と谷とが連続する小石川台地と白山台地という起伏のある一帯をなしている。その南には現在東京ドームや後楽園遊園地のある小石川後楽園、江戸川橋や早稲田の地にそって神田川が流れる。
また小石川の地名のひとつの由来ともいわれる、かつてはここには小石や砂の多い小石川が流れていた。
もちろん、小石川も東京の東側の他の地域の例に漏れることなく、台地の谷にあたるあたりは、江戸時代以降の度重なる開発によって川や湿地が埋め立てられてつくられた土地である。有名な小石川植物園には今も水が沸き出す池があるそうだが、それはかつてのこの地が川が流れる土地であったことをしのばせる。またあたりには多くの寺があることでも知られている。

そんな江戸風情のある風光明媚な佇まいを残す小石川は、今も落ち着きを感じさせる都心の生活の場として、坂道と平地と崖地とのあいだに閑静な住宅地を形成している。本郷と小石川を区切るように背骨のように大きく横たわる白山通りをはさみ、都市的な機能をもった商店と昔ながらの町並みが混在する。そしてそこで暮らす人々の生活には、そんな歴史あるこの土地の成り立ちを反映するように、大衆文化が華ひらきつつ他の場所とは少しことなる山の手の上品さも兼ね備えている。

そんな小石川風情に通じる武蔵野という場所がある。武蔵野は国木田独歩の名作「武蔵野」(明治31年・1898年)を持ち出すまでもなく、野原や雑木林が広がり、小川が流れる牧歌的で詩的な風情で多くの文人や芸術家を魅了してきた「よき郊外」のイメージをもった場所である。これを書いた当時、今の渋谷、まだ開発のされていないのどかな渋谷村で暮らしていた独歩は、渋谷も含む武蔵野という郊外への散策を趣味としていたという。
そんな独歩の影響からか「武蔵野趣味」という言葉もあったそうで、武蔵野は東京に暮らす人にとってある種のユートピアでもあったのかもしれない。また「武蔵の野」として古くは万葉集にその名をみることができるというから、その歴史はさらに古い。そして小石川あたりは、東京を中心に東西に大きく横たわる武蔵野台地の東端部に位置しているのだから、武蔵野と小石川は土地の上でもひとつの地続きであることはいうまでもない。

小石川と武蔵野が共通するのが、それが特定のエリアだけではなく、それを含む大きな一帯を形成していて、田園的で牧歌的、情緒をくすぐる独自のイメージを形作っていることにもあるように思う。小石川には僕の好きな小石川植物園もある。また、共同印刷のモダンな建物が今も残るが、関東大震災以降に下町から移転してきたという印刷工場が多いのもこのエリアの特徴の一つである。

小石川がある東京文京区は、もとは小石川区と本郷区の二つの区が合併して明治11年にできたもの。
そこには近代国家建設を目指していたこの時代、教育に力を入れていた政府の肝入りで多くの教育施設が多く建設された。また文人も居を構え、森鴎外、夏目漱石、樋口一葉などがこの地に暮らし、生活の中で後世に残る名作の数々を生み出していった。

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そんな小石川の名を掲げたスペース「DESIGN小石川」が2016年初夏に誕生した。
アジア随一の都市にありながらまざまざと身体で感じる起伏のあるダイナミックな自然の地形、明治以降築かれてきた人々の営みに培われてきた町並み、家々の連なり。文豪たちの足跡。そんな歴史と文化のあるこのエリアにあって少し物足りないものは、現代の生活にあってクリエイティブな感覚を刺激するもの。そんなことを常々感じ続けていただけに、このデザインセンターの誕生はとても嬉しい。
この空間を取り仕切るのは、この地に事務所を構える建築家の芦沢啓治氏だ。

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ちょうど訪れたときには、DESIGN小石川のこけら落としイベントとして、この場所の主である芦沢啓治氏の「Keiji Ashizawa / MATERIAL AND STRUCTURE」(会期7/21~8/23)が開催中だった。

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これまで芦沢氏が手がけてきた家具やプロダクト、貴重なプロトタイプ、新作が展示された。芦沢氏がデザインディレクターをつとめる石巻工房の家具やプロダクトもみることができる。ガラスの向こうにはデザイナー小林幹也氏によるショップ「TAIYOU no SHITA」も入居する。

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DUENDEのサイドテーブル「TRE」は、その原型となった3本のパイプのスタディ「PIPEKNOT」とともに展示されていたのがよかった。スチールパイプをジョイント材としてそこに差し込む木材により構成される家具は、芦沢氏の作品において、本展にも展示されていたが、ハンガーラックとサイドテーブルなどに結実している。金属がもつ強度、溶接による自由度の高さ、そしてファンクションのおもしろさとスマートなデザイン。
芦沢氏のデザインが日本だけでなく世界から注目されているのにも納得する。

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TREはこれらのパーツで構成されているサイドテーブル。インテリアの隙間を豊かに変えていくデザインは、芦沢氏のデザインの真骨頂ではないだろうか。このサイドテーブルもコンパクトなサイズながら、使い勝手にすぐれ、生活に楽しさをもたらし、それが置かれる空間を豊かにしてくれる家具だ。誰でも簡単にくみ上げることができるのも優れたデザインのひとつの特徴ではないだろうか。

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そのTREの構造と素材は、先月発売になったばかりのDUENDEの新作ハンガーラック「DUE」にも共通してみることができる。
強度と軽やかさ兼ね備える芦沢氏のデザインは、建築の構造や素材の探求から生まれていることはもちろんだが、それらのプロダクトは芦沢氏の優れたデザイン感覚により実現していることは言うまでもない。

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TREも芦沢氏の他の家具やプロダクトに共通しているのはミニマルさ。それらはほぼすべてが最小限のパーツで構成されている。だからコンパクトに分解が可能で移動にも運搬にも適している。

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この空間自体もさまざまなマテリアルで構成されていてその表情をみているだけでも楽しい。

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その風景や東京にありながらのどかさを残した小石川と武蔵野は、その言葉の響きだけではなく、その二つの言葉を思い浮かべるときどこか共通した感情を僕に抱かせる。青い空、木々の先端、小川、野原の草いきれ。小石川、そして武蔵野。
街とデザインをつなぐ場としてのDESIGN小石川では、デザインに関するギャラリーでの展示やイベント、地域の人や産業などと出会うことができるマーケットなどが行われるという。2年ほどの期間限定のスペースとの話だが、武蔵野台地の東端の谷間、あるいは小石川の坂の途中にある歴史とコミュニティにつながるデザインの場所としてこれからの展開が楽しみである。

DESIGN小石川 & TAIYOU no SHITA
東京都文京区小石川2-5-7  佐佐木ビルB棟2階 水曜休
http://designkoishikawa.com

民具木平の市場調査 第14回 Pfützeのあたらしいアトリエ  ”Pfütze New Atelier”

2016年07月30日 

今日の夕方、とある植物園に面するビルの最上階に引っ越した Pfütze のあたらしいアトリエに行ってきた。
植物や自然の事象をモティーフに作品をつくる二人にはぴったりな場所だ。
まだ引越や改装の作業中でバタバタしている中だったが、うれしいことに、きたくんとあやちゃんから民具木平のテーブルをオーダーしていただいていたので納品に行ってきた。

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ここに来るのは二回目だけれど、はじめてきたときから一瞬でこの界隈もアトリエも好きになってしまいました。

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東京の真ん中なのにどこか懐かしいかんじ、でも江東区とかの東側とはまた違う。植物園を抜けて吹いてくる風が植物や土の匂い、湿度などを運んできて素晴らしく心地よくて、どこかの旅先にいるような感覚に陥る。

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「引っ越したばかりでカーテンもまだ用意できてないから、その辺にある布をカーテン代わりにしてるんだよ」と、あやちゃんが言ってた西日に照らされた日除けの布達。
同じ「白」とはいうものの、色々な「白」があるわけで、光を通すとその違いが更に強調されているようでとても美しかったなあ。僕はこのままでもいいと思うのに。
エアコンの風にフワフワと靡いていた。

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じゃん! この眺望!
手前にあるのは桜の木で、春にはまたすごい景色になるんだろうな。
何を隠そう、ここのアトリエは最近の僕の羨ましい物件ランキングで一二を争う物件なのである。
この感じでこの広さ、きたくんますますやりたい放題だなあ。

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きたくんは僕の尊敬する友達の1人で、その妥協の無い美意識の追求と、ものづくりへの真摯な姿勢にはいつも刺激をもらったり、襟を正されたりしています。
アトリエではそんな彼らの美意識が随所にみられる。
既存のトイレットペーパーホルダーにサンディングを施し、さらにカバーの形状をエディットしたらしい。

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ゲロルシュタイナーと、いいアイス。

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奥に見えるのは前に作らせてもらった、彼らの商売道具である、トレーワゴン兼、道具箱兼、接客テーブル。

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近くには大きな印刷所があるので、紙屋さん等この界隈にはそれに関連する小さな工場っぽい企業が多い。

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今回作らせていただいたのは「Settler’s Table」。テーブルと言っても正確には脚だけで、天板はきたくんの制作によるもの。
僕の知っている人間のなかでも、ひときわこだわりの強い彼の塗装の仕上は素晴らしく、独特な材料と手法を用いて手作業で仕上を施すことにより、家具屋の工業的な塗装とは全く別の仕上がりとなり、美術の領域に入るであろう存在感が漂っている。しばらく前にこの仕上を見せてもらって以降、ぼくもこの質感の虜になってしまった。

2メートル×90センチメートルのタモの天板と、無垢の鋼板の脚。キタくんとあやちゃん二人だけではちょっと動かせなさそうな、どっしりと重たいテーブルが完成した。途中メインテナンスをしていけばきっと3代先まで余裕で使えるだろう。

結局テーブルが組み立てあがった頃には完全に夜になってしまった。また日の光があるときに桜の木を背景に写真を撮りにこないとな。

ぼくもこのあたりに引っ越したい。

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加藤 孝司加藤 孝司
水島 七恵水島 七恵
野本 哲平野本 哲平